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十倍直昭の経歴 美容師からGrimoire創業、VCM代表になるまでの歩み

十倍直昭の経歴 美容師からGrimoire創業、VCM代表になるまでの歩み 仕事

ヴィンテージ好きなら、「VCM VINTAGE MARKET」や渋谷PARCOの「VCM MARKET BOOTH」を通して、十倍直昭(とべ・なおあき)さんの名前を目にしたことがあるのではないでしょうか。

現在は株式会社VCMの代表取締役を務め、日本各地のヴィンテージショップとファンをつなぐイベントや店舗を手掛けています。しかし、そのキャリアの出発点は古着店ではなく、美容師でした。

1980年生まれの十倍さんは、1998年に高校を卒業して美容専門学校へ進学。美容師として働きながら世界各地を旅し、フリーマーケットや蚤の市でヴィンテージの魅力を吸収していきました。

その経験をもとに2008年、「Grimoire(グリモワール)」を渋谷でスタート。その後は複数店舗の経営、ギャラリー運営、ブランドのアートディレクション、イベントプロデュースへ活動を広げ、最終的には全国のヴィンテージショップを結ぶ「VCM」へと仕事を発展させています。

2026年現在も活動は拡大しており、11月には150店舗以上が参加する「VCM VINTAGE MARKET Vol.9」がパシフィコ横浜で開催予定です。小さなヴィンテージショップから始まったキャリアが、どのように日本最大級のマーケットへつながったのかを順番に見ていきましょう。

十倍直昭の経歴を時系列で整理

十倍直昭さんの経歴で大切なのは、単に「美容師から古着屋になった」という転職歴ではありません。

10代から続く海外文化への興味、Grimoireで磨いた空間づくり、複数店舗の経営、イベントプロデュースという経験が少しずつ積み重なり、現在のVCMにつながっています。

主な経歴を時系列で整理すると、次のようになります。

時期経歴主な出来事
中学生頃古着と出会う70年代のカレッジTシャツなどに興味
18歳頃初めてニューヨークへ海外のヴィンテージ文化に衝撃を受ける
1998年以降美容専門学校へ卒業後は美容師として勤務
20代前半海外を旅する米国や欧州の蚤の市や古着店を巡る
20代半ば開業準備資金を貯めながら古着販売を経験
2008年Grimoire開業渋谷でウィメンズヴィンテージ店を開始
2011年2号店を展開Grimoire Almadelをオープン
2014年notoria.を開設ギャラリー・スタジオ事業へ進出
2016年活動領域を拡大Grimoire BERYL、ブランドやイベントの企画
2020年VCM MARKET開催渋谷PARCO屋上に35店舗を集める
2021年VCMを本格展開ECモールをグランドオープンしGrimoireを閉店
2022年常設拠点を拡充VCM MARKET BOOTHを展開
2023年初の書籍を出版『Vintage Collectables by VCM』を刊行
2024年株式会社VCMへ株式会社Grimoireから社名変更
2026年VCM代表として活動第9回VCM VINTAGE MARKETを開催予定

VCM公式の会社概要では、現在の株式会社VCMの設立日は2008年6月15日とされています。これはGrimoireの事業開始日と同じであり、現在の会社はGrimoire時代から続く事業体です。

1980年生まれで群馬育ち

十倍直昭さんは1980年生まれです。2025年に公開された本人インタビューでも、1980年生まれであることが明記されています。

育った場所は群馬県で、後には地元・群馬の古着店を紹介する番組にも案内役として出演しています。

一方で、具体的な生年月日まで広く公式プロフィールとして公開されているわけではありません。そのため年齢については、「1980年生まれ」とするのが最も確実です。

高校卒業後は美容専門学校へ進学

十倍さんは1998年に高校を卒業しました。

服飾専門学校も進路の候補にあったものの、最終的には美容専門学校を選んでいます。親戚が美容室を経営していて幼い頃から美容師が身近な存在だったことに加え、当時のファッション誌でおしゃれな美容師が頻繁に紹介されていたことも理由だったそうです。

ただし、出身高校や美容専門学校の具体的な校名は、現在確認できる本人インタビューや公式プロフィールでは明らかになっていません。

学校名を推測するよりも、美容師という進路を選んだこと自体が、その後のファッションや接客、空間づくりへの感覚につながったと考える方が、十倍さんの経歴を理解しやすいでしょう。

中学生時代から始まったヴィンテージへの興味

現在の十倍直昭さんはヴィンテージ業界の専門家として知られていますが、その興味は仕事を始めてから身についたものではありません。

中学生の頃から服だけでなく音楽、映画、アンティーク、海外文化に興味を持ち、それらが少しずつ「ヴィンテージ」という一つの世界につながっていきました。

最初に買った古着は70年代のカレッジTシャツ

十倍さんが古着に出会ったのは中学生の終わり頃でした。

1990年代の古着ブームの中、ファッションに興味を持っていた友人から古着店の存在を教えてもらい、最初に購入したのはオレンジ色の1970年代のカレッジTシャツだったと本人が振り返っています。

当時は制服がブレザーだったため、そのインナーとして古着のTシャツを着ていたそうです。

ただ流行に乗って古着を買っただけなら、その後何十年も続く仕事にはならなかったかもしれません。十倍さんの場合、服と同時に「その物が作られた時代」そのものへの興味が膨らんでいきました。

中学生で7000円の古いコーヒー缶を購入

ヴィンテージへの価値観を象徴するのが、地元のアンティークショップで見つけた1950年代のアメリカ製コーヒー缶です。

中学生だった十倍さんは、その缶の錆やラベルの色合いに強く惹かれ、当時の自分にはかなり高額だった7000円を支払って購入したと明かしています。

このエピソードは、現在の仕事内容を考えるうえでも興味深いものです。

十倍さんが惹かれていたのは「古いから高い」という価値ではなく、年月によって生まれた色や質感、その物が存在してきた時間でした。現在もデニム、ジュエリー、家具などの経年変化をヴィンテージの魅力として語っており、中学生時代から価値観の根本は大きく変わっていません。

音楽や映画から海外文化への興味が広がった

十倍さんはNIRVANAをはじめとする音楽や映画にも強く影響を受けました。

現在のようにネット上で世界各国のカルチャーを簡単に見られる時代ではなかったため、「もっと知りたいなら現地へ行くしかない」と考えるようになります。

この「自分の目で確かめる」という姿勢は、その後のキャリアにも繰り返し登場します。

海外のファッションに興味を持てば実際に海外へ行き、古着を仕事にしたくなれば店舗を作り、業界全体を盛り上げたいと思えばイベントを開催する。十倍さんの経歴には、考えるだけで終わらず自分で現場へ行く行動力が一貫して表れています。

18歳のニューヨーク旅行がその後の仕事観を変えた

高校を卒業する頃には、十倍直昭さんの興味は日本国内だけに収まらなくなっていました。

18歳で初めてニューヨークへ行き、本場のフリーマーケットやヴィンテージ文化を目にした体験は、その後の進路を考えるうえでも大きな出来事になりました。

フリーマーケットの物量に衝撃を受けた

ニューヨークで十倍さんが驚いたのは、ヴィンテージ商品の圧倒的な量でした。

ファッションだけではなく、家具や雑貨までさまざまな年代の品物が並ぶフリーマーケットを目にし、日本とは異なる規模と文化に衝撃を受けたと振り返っています。

この経験を通して、単に古着を着る側から、「海外にあるものや文化を日本へ伝える仕事をしたい」という考えが生まれていきました。

現在のVCMが洋服だけでなくジュエリー、インテリア、ライフスタイルまで扱っていることを考えると、ニューヨークで目にした多ジャンルのヴィンテージマーケットは原風景の一つだったのでしょう。

20代前半はバックパッカーとして各国を旅した

美容専門学校を経て働き始めた後も、海外への興味は続きました。

十倍さんは20代前半にバックパッカーとしてさまざまな国を巡り、アメリカだけではなく、それぞれの地域に異なる魅力を持つヴィンテージが存在することを知ったと語っています。

昔の製品には現代の大量生産品とは異なる素材や製法が使われていることにも関心を深めていきました。

「古い物」ではなく、「その時代にしか作れなかった物」として見る感覚が、現在まで続く十倍さんのヴィンテージ観につながっています。

美容師から古着の仕事へ転身

十倍直昭さんの経歴で意外に感じる人が多いのが、美容師として社会人生活を始めていることです。

しかし、当時の十倍さんにとって美容師はファッションから離れた仕事ではありませんでした。ヘアスタイル、洋服、接客、空間などを通して一人の人物の雰囲気を作る仕事であり、その経験は後のショップづくりにもつながっていきます。

美容師として働きながら海外へ通った

専門学校卒業後、十倍さんは美容師として働きました。

一方で古着への情熱は冷めず、仕事の合間を使って海外へ行き、現地のフリーマーケットや蚤の市を巡る生活を続けていました。

海外で購入する古着は、当初は自分が着るものが中心だったそうです。

しかし次第に購入量が増え、余った品を国内のフリーマーケットやインターネットオークションで販売するようになりました。本人は当時の経験を「バイヤーのマネごと」のようなものだったと振り返っています。

古着店で働くより自分の店を作る道を選んだ

古着を仕事にしたいと思った十倍さんですが、既存の古着店へ就職する道は選びませんでした。

本人によると、自分がどこかの古着店で働いている姿を想像できなかったことに加え、「まだ誰もやっていないこと」をやりたいという気持ちが強かったそうです。

ここには、その後の経歴に通じる性格が表れています。

すでに成功している形をそのまま真似するより、空いている場所を探す。ウィメンズヴィンテージ、独自の店舗空間、大型ヴィンテージイベントなど、十倍さんは何度も「まだ十分に存在していないもの」を形にしてきました。

開業資金を自力で準備

店を作ると決めても、最初から十分な資金があったわけではありません。

十倍さんは開業のために約1年間アルバイトを続けて資金を貯め、そのお金を元手に2008年のGrimoire開業へ進みました。

この時期には古着販売の経験も重ねていました。

好きな商品を見つけるだけではなく、仕入れ、販売、値付け、顧客とのやりとりを実際に経験したことが、店舗経営へ移るための準備になったと考えられます。

2008年にGrimoireをオープン

十倍直昭さんのキャリアで最初の大きな転機となったのが、「Grimoire」の開業です。

2008年6月15日に渋谷でスタートしたGrimoireは、当時の古着店ではまだ珍しかったウィメンズヴィンテージを中心とし、商品だけではなく空間やスタッフのスタイルまで含めた独自の世界観で人気を集めました。

メンズではなくウィメンズを選んだ理由

十倍さん自身がそれまで詳しかったのは、むしろメンズ古着でした。

それでも店ではウィメンズを中心にしたのは、すでに多くの店が存在していた分野で競争するより、国内ではまだ十分に確立されていなかった女性向けヴィンテージに可能性を感じたからです。

ヨーロッパとアメリカの古着を組み合わせ、1970年代のヒッピードレスや民族衣装、アンティークなどを現代のファッションとして提案しました。

国や年代で厳密にカテゴリーを分けるより、それぞれの服が持つ文化を「今着たいスタイル」に編集する発想がGrimoireの特徴でした。

雑居ビル7階の9坪を「行きたくなる店」に変えた

最初のGrimoireは、渋谷・神南の雑居ビル7階にありました。

2010年のACROSSの取材によると、店舗面積は約9坪。十倍さん自身が内装を手掛け、アンティークドールや鳥籠、植物などを使い、古いヨーロッパの部屋を思わせる空間を作っていました。

一般的には、路面から見えない7階という立地は小売店にとって不利です。

ところがGrimoireでは、その見つけにくささえ「別世界へ入り込む感覚」に変えました。十倍さんは当時から、商品そのものだけでなく「誰から買うか」「どこで買うか」という価値を大切にしていたと語っています。

スタッフや空間も含めてブランドになった

Grimoireでは女性スタッフの着こなしやヘアメイクも注目され、スタッフに憧れて来店する若い女性も増えていきました。

2010年時点ですでに地方客や海外からの客も訪れており、商品、空間、スタッフが一体となったショップとして支持を集めていたことが記録されています。

当時は現在ほどSNSが生活の中心ではなく、ストリートスナップやmixiなどを通じて情報が広がっていました。

「何を売るか」だけでなく、店全体で世界観を作り、その世界へ入りたいと思わせる方法は、後のイベントや店舗プロデュースにもそのままつながっていきます。

Grimoire成功後は店舗経営から企画・プロデュースへ

Grimoireが軌道に乗った後、十倍直昭さんの仕事は一店舗の経営だけには収まりませんでした。

店舗数を増やす一方、ギャラリー、アートディレクション、商業施設のビジュアル、イベントなどへ活動範囲を拡大していきます。この時期を詳しく見ると、後にVCMを作るための経験がすでに揃い始めていたことがわかります。

2011年にGrimoire Almadelをオープン

Grimoireの人気を受け、2011年には2号店「Grimoire Almadel」がオープンしました。

2014年の記事でも、Grimoireが2008年に始まり、2011年には2号店を展開したことが確認できます。

一店舗で独自の世界観を作ることに成功した後、その世界を複数の場所へ広げる段階へ入ったわけです。

店舗数が増えるほど、十倍さんの仕事も単なる買い付けから、コンセプト設計やスタッフ、空間全体のディレクションへ広がっていきました。

2014年にはnotoria.を立ち上げ

2014年1月には、渋谷にフォトスタジオ兼ギャラリースペース「notoria.(ノトリア)」をオープンしました。

フォトスタジオ、展示、ワークショップ、パーティーなどに使える多目的スペースで、十倍さんが世界各地から集めたアンティーク家具や雑貨も配置されていました。本人は「カルチャーやアートの発信拠点になれば」という考えを示しています。

ここで注目したいのは、仕事の軸が「服を売る店」から「人や表現が集まる場所」へ広がったことです。

後にVCMがショップ同士やファンをつなぐプラットフォームになることを考えると、notoria.はその前段階にあった活動の一つといえます。

2016年にはGrimoire BERYLを展開

2016年6月には、新しいコンセプトショップ「Grimoire BERYL」をオープンしました。

30~40代の女性も意識した店舗で、単に安価な古着を販売するのではなく、見せ方や提案によって付加価値のあるヴィンテージとして届けたいという考えが掲げられています。

イメージビジュアルでは十倍さん自身がアートディレクションとスタイリングを担当しました。

当時の会社資料では、十倍さんについて3店舗の経営、ギャラリー運営、EC、バイヤー、プロデューサー、店舗内装、大手百貨店のビジュアルプロデュース、アーティストマネジメント、イベント企画など幅広い仕事を行っていたと紹介されています。

つまり2016年頃には、すでに「古着屋のオーナー」という肩書きだけでは説明できない仕事をしていました。

現在のVCMで求められる、物を選ぶ力、空間を作る力、人を集める力、魅力を伝える力は、この頃までにかなり培われていたことがわかります。

LEBECCA boutiqueのアートディレクターも担当

十倍直昭さんの経歴で見落とされやすいのが、「LEBECCA boutique(レベッカ ブティック)」への参加です。

Grimoireが人気になったことで、その世界観を作る能力は自社店舗以外からも求められるようになりました。

2016年にアートディレクターへ就任

2016年に誕生したLEBECCA boutiqueでは、十倍さんがアートディレクターを務めました。

ブランドは「TOKYO RETRO」をテーマに、欧米のヴィンテージと、ヴィンテージから着想したオリジナル商品を組み合わせて展開。1号店は2016年3月にラフォーレ原宿へオープンしました。

ディレクターは赤澤えるさんで、十倍さんは店舗やブランドの世界観を作る側として参加しています。

この仕事は、Grimoireで磨いたセンスや空間づくりが「一つの古着店の個性」を超えて、他社ブランドのクリエイティブにも生かされ始めたことを示しています。

服を売る人から世界観を作る人へ

Grimoireの初期から、十倍さんは商品の年代や価格だけでなく、店に入った瞬間の空気感まで重視してきました。

LEBECCA boutiqueへの参加によって、それまで自分の店で行っていた編集作業を、別のブランドでも形にするようになります。

この経験は、後に多数のショップが参加するイベントを企画する際にも役立ったはずです。

自分の好みだけで全体を統一するのではなく、参加するブランドやショップの個性を理解しながら、一つの場所として魅力的に見せる役割へと仕事が変化していきました。

2016年のVINTAGE FASHION MARKETがVCMの原型に

現在のVCM VINTAGE MARKETだけを見ると、十倍直昭さんが大型マーケットを始めたのは2020年代に入ってからのようにも見えます。

しかし、その原型ともいえるイベントは2016年にすでに行われていました。

ラフォーレ原宿に有名古着店を集めた

2016年11月、ラフォーレミュージアム原宿で「VINTAGE FASHION MARKET」が開催され、十倍さんが企画プロデュースを担当しました。

DEPT、HAIGHT&ASHBURY、突撃洋服店、NUDE TRUMPなど多数の古着店が参加し、デザイナーやモデルらの私物フリーマーケットも同時開催されています。

注目すべきなのは、自分が経営するGrimoireだけを主役にしたイベントではなかったことです。

異なる店やクリエイターを集め、それぞれの個性を生かしながら一つのマーケットを作る。現在のVCM VINTAGE MARKETに非常に近い発想が、すでにこの段階で見られます。

「自分の店」から「業界の場」へ関心が変化

十倍さんの経歴を一本につなげるうえで、2016年前後は重要な時期です。

この頃には自社店舗の運営だけでなく、次のような仕事を並行していました。

  • Grimoireを複数店舗展開
  • ギャラリーやスタジオを運営
  • ブランドのアートディレクション
  • 商業施設や店舗の空間・ビジュアル制作
  • 複数の古着店を集めるイベントの企画

これだけの経験を積んだ後にVCMへ移っているため、現在の事業は突然思いついたものではありません。

十年以上かけて「物を売る」「店を作る」「ブランドを作る」「人を集める」という経験を重ねた結果、最終的にそれらを一つにまとめたのがVCMだったと考えると、キャリアの流れがよく見えてきます。

コロナ禍をきっかけにVCMへ大きく舵を切る

Grimoireの事業は順調に広がっていましたが、起業から約10年が過ぎた頃、十倍直昭さんの中には新しい方向へ進みたいという思いが生まれていました。

ウィメンズヴィンテージの店として「やりきった」という感覚があり、次の事業を模索する中で大きな転機になったのが、古着業界全体が苦境に立たされたコロナ禍です。

VCMは2019年から動き始めていた

VCMについては「2021年にスタートした」と紹介されることが多いため、少し整理が必要です。

2025年の十倍さんへのインタビューでは、2019年にVCMをECサイトとしてスタートしたとされています。一方、現在につながるヴィンテージ総合ECモールの正式なグランドオープン日は2021年6月11日です。

つまり、構想や初期段階は2019年頃から始まり、2020年のリアルイベントを経て、2021年に総合プラットフォームとして本格化したと整理するとわかりやすいでしょう。

「2021年に突然VCMが誕生した」のではなく、数年間かけて形を整えていった事業です。

コロナ禍で古着店をつなぐ必要性を感じた

コロナ禍では、多くの古着店が店舗営業を制限され、海外への買い付けも難しくなりました。

長年古着業界に関わってきた十倍さんは、その状況を目の当たりにし、一つの店だけではなく複数の古着店が集まれる場を作る必要性を感じるようになります。

Grimoire時代には自分たちの店をどう魅力的に見せるかを考えていました。

VCMでは、全国のショップが持つ異なる魅力をどう多くの人へ届けるかへと、視点が大きく変わっています。

2020年のVCM MARKETが大きな転機

VCMの経歴を語るうえで、見逃せないのが2020年の「VCM MARKET」です。

コロナ禍でリアルイベントの開催自体が難しかった時期に、十倍さんは渋谷PARCOの屋上へ35店舗のヴィンテージショップを集めました。

35店舗を集めたイベントが大きな反響

初のVCM MARKETには35店舗が集結しました。

イベントは大きな反響を呼び、十倍さん自身もVCMという構想に手応えを感じたとされています。

ここがGrimoireからVCMへの本格的な転換点でした。

2016年のVINTAGE FASHION MARKETで経験していた「複数の古着店を一つの場所に集める」という仕事が、VCMという継続的な事業へ進化した瞬間ともいえます。

2021年にGrimoireを閉店してVCMへ一本化

VCMが想定以上の速さで軌道に乗ったことで、十倍さんは大きな決断をします。

2008年から続けてきたGrimoireを2021年に閉店し、事業をVCMへ一本化しました。

長年育ててきた店を残しながら新事業を追加するのではなく、一度区切りをつけて新しい事業へ集中した点は、十倍さんのキャリアを考えるうえで印象的です。

「古着屋のオーナー」という立場から、「ヴィンテージ業界のショップとファンをつなぐ人」へと役割が大きく変わりました。

2021年にVCMの総合ECモールをグランドオープン

2021年6月11日、ヴィンテージ総合ECモール「Vintage Collection Mall」、通称VCMがグランドオープンしました。

ファッションだけではなく、インテリアやライフスタイルを含めたヴィンテージを扱う構成で、洋服に限定しない十倍さんの長年の趣味と価値観が反映されています。

全国の店をつなぐプラットフォームへ

Grimoireでは、十倍さん自身がセレクトした商品と世界観を来店客へ届けていました。

一方のVCMでは、全国に存在するそれぞれ専門性の高いショップを紹介し、ショップと買い手をつなぐことが大きな役割になっています。

ECだけでなく、情報発信のための「VCM MAGAZINE」も展開されました。

オープン時にはBerBerJinの藤原裕さんをゲストに迎え、十倍さん自身がインタビュアーとなってヴィンテージの魅力を伝えるなど、「売る」だけではなく「価値を説明する」機能も重視されています。

渋谷PARCOを拠点にリアル店舗も展開

オンラインのVCMを立ち上げた後も、十倍直昭さんは実際に人と物が出会える場所を重視しました。

現在は渋谷PARCOを中心に、性格の異なる複数のリアル拠点を運営しています。

代表的な活動は次の通りです。

  • 複数のショップが参加する「VCM MARKET BOOTH」
  • 希少なエルメスジュエリーなどを扱う「VCM COLLECTION STORE」
  • 展示やコラボレーションを行う「VCM GALLERY」
  • 全国のショップが参加する「VCM VINTAGE MARKET」
  • 書籍や連載などを通したヴィンテージ情報の発信

2022年2月には、マーケット型リアル店舗「VCM MARKET BOOTH」がオープンしています。

オンラインだけで完結させず、実際の商品に触れ、ショップの人と会話できる場所を作っている点は、最初のGrimoire時代から変わっていません。

ヴィンテージエルメスの専門家としても注目

近年の十倍直昭さんを象徴する仕事の一つが、「VCM COLLECTION STORE」です。

現在は特にヴィンテージのエルメスジュエリーに力を入れ、希少なアイテムを国内外のディーラーやコレクターとのネットワークを通じて集めています。

人気をきっかけに予約制ショップへ

当初のコレクションストアでは、さまざまなヴィンテージショップの商品を扱っていました。

その中で十倍さん自身も愛用していたエルメスジュエリーの人気が高まり、高額商品だからこそ落ち着いて選べる接客環境が必要だと考え、現在の予約制ショップにつながるスタイルが生まれました。

十倍さんは商品選びについても、単純に「エルメスだからいい」「古ければ価値がある」とは考えていません。

ファッションとして格好いいか、希少性、年代、サイズ、需要と供給などを総合的に見て判断していると説明しています。

「売る」より長く使える一点を提案

予約客に対しては、時間を確保した接客を行っています。

客が探している商品をそのまま勧めるだけではなく、その人の年齢や職業、普段の服装なども踏まえ、より長く使えるものを提案する姿勢を大切にしています。

ここには美容師時代から続く、人と向き合う仕事の感覚も感じられます。

扱う物は髪型から古着、ジュエリーへ変わりましたが、「その人自身に似合うものを考える」という点では共通しています。

VCM VINTAGE MARKETを日本最大級のイベントへ

十倍直昭さんの知名度をさらに高めたのが、「VCM VINTAGE MARKET」です。

現在では全国から多数のショップが参加し、毎回1万人以上を動員する日本最大級のヴィンテージイベントへ成長しています。

一つの有名店だけを集めるイベントではない

VCMの面白さは、長い歴史を持つ有名店だけで構成されているわけではないところにあります。

特定ジャンルに強い小規模ショップや若いオーナーの店も参加し、それぞれが自分の得意分野を持ち寄っています。

十倍さん自身、ヴィンテージショップの魅力について「専門性」と発信力を重視しています。

フォロワー数の多さだけでなく、店と顧客の間にどれほど濃いコミュニティが存在しているかを見る考え方も示しており、規模の大小だけで店を評価していません。

自分の店を売る人から「舞台を作る人」になった

Grimoire時代の十倍さんは、自分の店を魅力的に見せるために徹底した世界観を作りました。

現在は一歩引いた立場から、それぞれ違う世界観を持ったショップが最も魅力的に見える舞台を作っています。

自分のセレクトを見せる店から、全国のセレクトを集めるマーケットへ。

この変化こそ、十倍直昭さんの経歴の中で最も大きな進化といえるかもしれません。

2023年には初の書籍も出版

活動は店舗やイベントだけにとどまりません。

2023年10月には、十倍直昭さんによる初の書籍『Vintage Collectables by VCM』が刊行されました。現在の公式プロフィールでも、ヴィンテージに関する情報発信を代表する活動の一つとして紹介されています。

ヴィンテージデニムやTシャツなどの定番だけでなく、デザイナーズのアーカイブやジュエリーなど幅広いジャンルを取り扱っています。

10代の頃から洋服だけでなく家具や雑貨、音楽、映画に興味を広げてきた十倍さんらしく、ヴィンテージを狭いカテゴリーで捉えていないことが特徴です。

十倍直昭の性格が見える5つのエピソード

十倍直昭さんの経歴を追うと、事業内容が何度も変化している一方、本人の性格にはかなり一貫した部分があります。

特に「好きなものには深く没頭する」「知りたければ自分で現地へ行く」「人が集まる場所を作る」といった特徴が、現在の仕事にそのまま表れています。

人柄がわかりやすい出来事を整理すると、次の5つが挙げられます。

  • 中学生で気に入った1950年代のコーヒー缶に7000円を払った
  • 18歳で初めてニューヨークへ行き、その後も世界各地を旅した
  • 美容師として働きながら古着を集め、販売まで始めた
  • 既存の古着店へ就職せず、自分で新しい店を作る道を選んだ
  • 一店舗の成功に留まらず、人や店が集まるマーケットへ仕事を広げた

一つひとつを見ると、現在のVCMが偶然生まれたわけではないことがわかります。

少年時代から続く好奇心と、「気になったら実際にやってみる」という性格が、キャリアの選択を繰り返し後押ししています。

一人でいるより人が集まる方が好き

本人へのインタビューでは、一人っ子でありながら一人でいることが好きではないと語っています。

子どもの頃から人と過ごすことを好み、その一方で好きなことには強く没頭する性格だったそうです。

この人柄を知ると、最終的に「一人のバイヤー」ではなく、「大勢のショップや客が集まる場所」を作る仕事へ進んだことにも納得できます。

VCM VINTAGE MARKETはビジネスであると同時に、十倍さん自身が昔から好きだった「人が集まり、好きなことを共有する状況」を大きな規模で形にした場所とも見ることができます。

今もヴィンテージを勉強し続けている

長く業界にいれば、すでに十分な専門家として振る舞うこともできるはずです。

しかし十倍さんは、ヴィンテージは国や時代だけでなく映画や音楽とも密接に関わるため、学ぶことが多く「人生が足りないくらい」と語っています。

2025年末のインタビューでも、2026年に向けて「まだ知らないことが多い」ため、年代や価格にとらわれず物を探し、知識を増やしていきたいという趣旨を話していました。

長く仕事を続けても好奇心が弱くならないところが、十倍さんが新しいジャンルへ活動を広げ続けられる理由なのでしょう。

十倍直昭のプロフィールで公表されていない情報

十倍直昭さんについて調べると、年齢や学歴などさまざまな情報が気になる人もいるでしょう。

一方で、本人や会社が公表していない部分を推測で埋めると、事実と噂が混ざってしまいます。現在確認できる範囲を整理しておきます。

  • 1980年生まれであることは本人インタビューで確認できる
  • 1998年に高校を卒業したことは確認できる
  • 高校名は明確な公表を確認できない
  • 美容専門学校へ進学したことは確認できる
  • 美容専門学校の校名は明確な公表を確認できない

特に学校名については、インタビューでも「美容専門学校」とだけ説明されています。

具体的な学校名を断定した情報を見かけても、本人や信頼できるプロフィールで確認できない限り、事実として扱わない方がよいでしょう。

年齢は1980年生まれから判断できる

十倍さんは1980年生まれなので、2026年時点では45~46歳にあたる世代です。

ただし具体的な誕生日が広く公式発表されているわけではないため、「2026年現在46歳」などと誕生日を考慮せず断定するより、「1980年生まれ」とする方が正確です。

GrimoireとVCMは別々の会社ではない

過去の記事では、十倍さんの肩書きが「株式会社Grimoire代表取締役」となっています。

一方、現在は「株式会社VCM代表取締役」です。これは代表を務める会社が突然別会社になったというより、株式会社Grimoireが2024年6月15日付で株式会社VCMへ社名変更したためです。

公式発表によると、2008年6月15日の事業開始から16年を経て初めて社名を変更しました。

すでにVCMという名称で広く認知され、今後さらにVCM事業へ注力することが社名変更の理由として説明されています。

VCMは2019年・2020年・2021年のどれに始まったのか

記事によってVCMの開始年が違って見えることがありますが、これは何を「開始」とするかが異なるためです。

流れとして整理すると、2019年頃にECサイトとして動き始め、2020年に渋谷PARCO屋上で初のVCM MARKETを開催。そして2021年6月11日にヴィンテージ総合ECモールとして正式にグランドオープンしています。

公式プロフィールでは、わかりやすく「2021年にVCMを立ち上げ」と紹介されることが多くなっています。

そのためプロフィールでは2021年、詳しい経歴では2019~2021年をVCMの立ち上げ期間として説明するのが実態に近いでしょう。

2024年に株式会社VCMへ社名変更

2008年から続いてきた株式会社Grimoireは、2024年6月15日付で「株式会社VCM」へ社名を変更しました。

現在の会社概要でも、代表取締役は十倍直昭さん、設立は2008年6月15日と記載されています。

これは十倍さんのキャリアにおける象徴的な出来事です。

Grimoireという一店舗から始まった会社が、全国のショップやコレクターをつなぐVCMへと事業の中心を移し、最終的に会社名そのものもVCMになりました。

2026年現在の十倍直昭の活動

2026年現在、十倍直昭さんは株式会社VCM代表取締役として活動しています。

VCM VINTAGE MARKET、渋谷PARCOの常設拠点、ヴィンテージエルメス、書籍、連載など、一つの古着店という枠を超えた仕事を続けています。

連載は100回を超える長期企画へ

FASHIONSNAPでは、十倍さんがヴィンテージアイテムを紹介する「令和のマストバイヴィンテージ」の連載も続いています。

2026年には100回を超え、ヴィンテージ市場の過去と未来について語る企画も公開されました。

販売する側だけではなく、どのアイテムにどんな背景や価値があるのかを言葉で残す仕事が増えている点も、現在の特徴です。

十倍さんが10代の頃に「情報がないから海外へ行くしかなかった」と語っていることを考えると、自分自身が現在は次の世代へ情報を渡す側になっているのも興味深い変化です。

2026年11月にはVCM VINTAGE MARKET Vol.9を開催

2026年11月14日と15日には、「VCM VINTAGE MARKET Vol.9」がパシフィコ横浜の展示ホールAで開催される予定です。

公式発表では全国から150店舗以上が参加し、過去の開催では毎回1万人以上を動員してきたイベントとして紹介されています。

2008年、渋谷の雑居ビル7階にある約9坪の店舗から始まった十倍さんの仕事を考えると、大きな変化です。

それでも「価値のある一点物を見つけ、人へ届ける」「その物が魅力的に見える場所を作る」という仕事の核心は、最初のGrimoireからほとんど変わっていません。

今後も目指すのは「価値のある物と人をつなぐ場所」

十倍直昭さんがVCMで目指しているのは、単純に事業規模を大きくすることだけではありません。

本人は今後について、価値のある物をどのように残していくかを大切にし、大量に仕入れて大量に販売するのではなく、良い店やコレクター、顧客をつなぐ場所でありたいという考えを語っています。

これは十倍さん自身のキャリアとも重なります。

中学生で古いコーヒー缶に惹かれた頃から、物の値段だけではなく、その背景や時間に価値を感じてきました。

10代では海外へ行って自分のためにヴィンテージを探し、20代ではそれを人へ販売し、30代では店舗やブランドとして世界観を作りました。

そして40代では、自分一人が良い物を選ぶのではなく、全国にいる「良い物を知っている人たち」を集め、その人たちとファンをつなぐ側へ回っています。

十倍直昭の経歴は美容師から始まりVCM代表へつながっていた

十倍直昭さんの経歴を振り返ると、「美容師から古着屋へ転職して成功した」というだけでは説明しきれません。

中学生の頃に古着やアンティークへ興味を持ち、18歳でニューヨークへ渡り、20代には美容師として働きながら世界各地を旅しました。そして自分で古着を売る経験を経て、2008年にGrimoireをスタートしています。

Grimoireの成功後も一店舗にとどまらず、2号店、ギャラリー、Grimoire BERYLへと事業を広げました。

さらにLEBECCA boutiqueのアートディレクターやVINTAGE FASHION MARKETの企画などを経験し、「自分の店を作る人」から「複数の人やブランドが集まる場所を作る人」へと役割を変えていきます。

その経験が2020年のVCM MARKETへつながり、2021年にはGrimoireを閉店してVCMへ一本化しました。

そして2024年には会社名そのものを株式会社VCMへ変更。2026年現在は、全国150店舗以上が参加する規模のマーケットを主催するまでになっています。

肩書きだけを見れば、美容師、古着店オーナー、バイヤー、アートディレクター、イベントプロデューサー、会社経営者と大きく変わってきました。

しかし経歴を最初から追うと、その中心にあるものは一貫しています。自分が心から魅力を感じた物や文化を深く知り、それを魅力的な形に編集し、まだ知らない人へ届けることです。

Grimoireでは一つの店を通してそれを行い、現在のVCMでは全国のショップやコレクターを巻き込んで行っています。

十倍直昭さんの現在の活動は、2008年に突然始まったものでも、VCMの立ち上げによって突然生まれたものでもありません。中学生時代から30年以上にわたって続いてきた好奇心と行動の積み重ねが、今のVCM代表という立場につながっているといえるでしょう。

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